第87代 四条天皇 自分で仕掛けたドッキリにハマって死んじゃったマヌケ

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四条天皇 肖像画

歴代天皇 - 鎌倉幕府が認めないとなれなかった天皇たち -

四条天皇(しじょう)は、歴代天皇の中で一番マヌケな人です。言い方は悪いですがアホです。

『こんな最後の天皇がいるんだ』という意味で面白い天皇かもしれません。ただし、天皇としての功績は何もありません。

だからアホなんです。

中世 鎌倉時代

  • 皇居
  • 平安宮
    (へいあんのみや)

  • 生没年
  • 1231年2月12日 ~ 1242年1月9日
    寛喜3 ~ 仁治3
    12才
  • 在位
  • 1232年10月4日 ~ 1242年1月9日
    貞永元 ~ 仁治3
    11年
  • 名前
  • 秀仁
    (みつひと)
  • 藤原竴子
    (ふじわら そんし)

    藻壁門院
    (そうへきもんいん)

    九条道家の娘
    (くじょう みちいえ)

  • 女御
  • 九条彦子
    (くじょう げんし)

    宣仁門院
    (せんにんもんいん)

    九条教実の娘
    (くじょう のりざね)

病弱な父親に代わって早くも即位

父親の後堀河天皇が病弱だったため、生まれてすぐ皇太子になり、その翌年には即位します(2才)。

これには、はやく外祖父になってやりたい放題したかった九条道家の後押しがありました。

母親が即位の翌年に亡くなり、父親もさらに翌年に亡くなりました。4才で後見人と言える人がいなくなってしまいます。

頼れるのは、九条道家だけになってしまいました。ここから、朝廷の実権は九条道家と道家の義理の父親の西園寺公経(さいおんじ きんつね)が握ります。

西園寺公経は、鎌倉将軍と天皇の祖父・ひいおじいちゃんになった珍しい人です。でも持っていた権力は規格外です。

もちろん、幕府よりのことをいう人だったので、また、自分の欲ばかりを追う人だったので、力は持っているけれどかなり嫌われていました。

死にざまがダサい

ある日宮中の人を驚かそうと、御所の廊下に滑石(石鹸みたいな石)をまいたら、自分が転んでそのまま死んでしまいました。

一応、事故死ということなのですが、あまりにあっけない終わり方です。

頭の方で、『マヌケ』『アホ』と言ったのはこのためです。享年12才なので、満だと10才から11才です。

まだまだ子供なので、『マヌケ』『アホ』は言い過ぎかもしれません。子供の不幸な死でした。

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第86代 後堀河天皇 なれるはずのない親子が天皇・上皇になる
第88代 後嵯峨天皇 南北朝分裂のきっかけを作る
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天皇・皇室の本
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