歴代天皇一覧

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日本の歴代天皇は、初代から数えて125代存在してきました。暗殺された人、女性天皇、2回天皇になる人、この人は大丈夫か?という人など、いろいろな個性を持った天皇がいました。

それらを1つ1つ見ていくと日本の歩んできた歴史を知ることができます。

記事を書いていくごとに、天皇の名前のところにリンクを貼っていきます。ただ125人もの天皇がいるので、どれだけ進めていけるのか分かりません。

先史 神話の時代 - 人代(ひとのよ) -

伝承上の天皇

歴史として実在は保証されていません。口承による伝承を日本書紀や古事記にまとめたことで伝えられます。

日本書紀や古事記の内容には、作成された時代の習慣などが含まれていて、それよりも古い時代のエピソードは編纂者の創造、間違いが含まれているという指摘もあります。

歴史学や考古学の進歩により、神話が歴史に変わったり、また神話が否定されたりと、どんどん変化していく魅力のある時代です。

1神武じんむ紀元前
660?
初代天皇。お祖父さんなど、先祖は神話でも有名な神さまになる。
人間と神さまの境界にいるという特長がある。
2綏靖すいぜい紀元前
581?
欠史八代。
唯一の史料と言える日本書紀、古事記でさえ記述が少なく簡素なため、歴史が欠けているとされる。
3安寧あんねい紀元前
548?
欠史八代。
4懿徳いとく紀元前
510?
欠史八代。
5孝昭こうしょう紀元前
475?
欠史八代。
6孝安こうあん紀元前
392?
欠史八代。
7孝霊こうれい紀元前
290?
欠史八代。
桃太郎のモデルのお父さん。
8孝元こうげん紀元前
214?
欠史八代。
9開化かいか紀元前
157?
欠史八代。

先史・古代 古墳時代

ヤマトの王たち

崇神天皇は、考古学、歴史学の研究成果から実在しただろうと言われます。崇神天皇からは実在の天皇としてよいでしょう。

また、いわゆる古墳時代になります。古墳の造営がいつからはじまったのかは諸説あるので、『いわゆる』です。

このあたりから、徐々にヤマトによる中央集権国家の成立へ向かっていきます。

応神天皇から雄略天皇までは『倭の五王』に該当する天皇とされていますが、確定しているわけではありません。

西暦201年から269年まで天皇は不在です。この間の約70年、リーダーを務めたのは、神功皇后(じんぐうこうごう)です。以前は、神功皇后は第15代天皇として数えられていましたが、大正15年10月の詔書により歴代天皇から外れました。

この時代は、考古学や歴史学の進歩で、近年新しい発見がたくさん出てきてとても面白いです。これからも新しい常識が生まれる可能性があります。

10崇神すじん紀元前
97
11垂仁すいにん紀元前
29
12景行けいこう71
13成務せいむ131
14仲哀ちゅうあい192
-神功皇后じんぐう201仲哀天皇の妃で応神天皇の母。
仲哀天皇の崩御で皇后のまま天皇の職務を引き継ぐ。
古事記で記される最大のヒロイン。
15応神おうじん270
16仁徳にんとく313
17履中りちゅう400
18反正はんぜい406
19允恭いんぎょう412
20安康あんこう454

皇統断絶の危機

武烈天皇で、初代神武天皇から続いてきた直系継承は途絶えます。実際は、王朝交代が起きたのではないかという説がありますが、諸説の域を超えていません。

21雄略ゆうりゃく456気に入らない人はことごとく殺す、手に負えない短気。
皇位継承者も殺していったのであとの皇統断絶の危機のきっかけを作る。
22清寧せいねい480
23顕宗けんぞう485
24仁賢にんけん488
25武烈ぶれつ498

現在まで続く直系継承のはじまり

直系継承が途絶えたため、応神天皇から5世離れた、傍系の子孫である継体天皇が即位します。

継体天皇は、即位したとき都にすら住んでいませんでした。現在の福井県で暮らしていたので、19年かけて都へ移動します。

5世というとイメージが湧きませんが、平将門(たいらのまさかど)が上京して天皇になると想像すれば、どれだけ武烈天皇の直系から離れていたかが分かります。

継体天皇からの直系継承は、現在の今上天皇まで続いています。

この継体天皇には王朝交代説がありますが、皇統は初代から現代まで続いているというのが宮内庁の公式見解です。

26継体けいたい50750代後半の福井のおじいちゃんが突如、天皇になる。
歴代天皇で一番血統が遠い天皇の即位。王朝交代説もあるがじっさいは入り婿。
27安閑あんかん53140過ぎの福井のオッサンが皇太子になり天皇になる。
だれもが認める人格者。多くの屯倉を作る。
28宣化せんか536アラフォーの福井のオッサンが、まわりの流れに乗っかって気づいたら天皇になる。
29欽明きんめい539古墳時代の最大のターニングポイント。飛鳥・奈良時代につながる変化が立て続けに起きる。
仏教伝来。朝鮮半島有事。蘇我氏 vs 物部氏。
30敏達びだつ572蘇我氏 vs 物部氏のバランスをとるのに必死で自分が主役になれず。でも嫁は最強(史上初の女帝・推古天皇
31用明ようめい585在位期間3年で何もできず。仏教を信奉した最初の天皇。厩戸皇子(うまやどのみこ。聖徳太子)の父。
32崇峻すしゅん587蘇我馬子と対立して暗殺される。
屯倉(みやけ)

ヤマト王権が地方につくった直轄領。その後の地方支配の基礎になったと言われる。

古代 飛鳥時代

天皇の『歴史』の始まり

崇峻天皇以前は、時代が古くなれば古くなるほど天皇の生没年、即位年がはっきりしなくなります。

これは、推古天皇の時代から数えて1260年さかのぼった年を、初代・神武天皇の即位年(紀元前660年)としているためで、崇峻天皇以前の天皇の年齢・在位期間は、この数字とつじつまを合わせるために決められたという指摘があるからです。

はっきりと生没年、即位年が分かっているのは推古天皇からです。推古天皇より前は、厳密にいえば天皇ではなく大王(おおきみ)と呼ばれた王でした。王から天子(のちに天皇と呼ぶ。対外的にはエンペラー)に格上げしたのも推古天皇からです。

歴史としてはっきりと断定できる天皇は、推古天皇から始まったとしてもよいでしょう。

また、飛鳥時代・奈良時代は、当たり前のように女帝が即位した時代でもありました。第32代から第49代までの18代の天皇のうち8人10代が女帝です。

半数以上が女帝だったということは忘れてはいけません。

33推古すいこ592崇峻天皇暗殺の黒幕・蘇我馬子の後ろ盾で姪っ子の額田部皇女が即位。日本で最初の女帝。
甥の聖徳太子(厩戸皇子)摂政にして一緒に政務を行なった。
大王(おおきみ)から天子(後の天皇)に格上げし、日本が外国と対等に付き合うための独立を宣言する。
最後の蘇我系天皇。
34舒明じょめい 聖徳太子の皇子・山背大兄皇子と並んで推古天皇に信頼された田村皇子が即位。
蘇我氏と対立した山背大兄が脱落したことで天皇になる。
35皇極こうぎょく642息子の中大兄皇子蘇我入鹿を殺害するのを目の前で目撃する。(乙巳の変
歴代天皇の中で初めて譲位(生前退位)を行う。
36孝徳こうとく  
37斉明さいめい655皇極天皇と同一人物。退位していた皇極天皇がふたたび天皇に即位する。(重祚
歴代天皇の中で初めて重祚した天皇。
38天智てんじ 中大兄皇子。20才の時、乙巳の変を起こす。38才まで天皇になれなかった。
39弘文こうぶん 大友皇子(おおとものおうじ)。天智天皇の皇子。
壬申の乱に敗れて亡くなってしまう。
明治3年まで歴代天皇として認められていなかった。
40天武てんむ 大海人皇子(おおあまのおうじ)。天智天皇の弟。
甥の大友皇子と戦をして勝利する(壬申の乱)。
日本書紀古事記の編纂を始めた。
41持統じとう690天皇という呼称、日本という国号が制定された時期に天皇、上皇となり、日本という国家を整備するのに尽力する。
孫の文武天皇に皇位を譲位し、歴代天皇の中で初めて太上天皇(上皇)になる。
42文武もんむ  
乙巳の変(いっしのへん)

645年、第35代 皇極天皇(こうぎょく)の目の前で、息子で皇太子の中大兄皇子(なか の おおえ の みこ)が蘇我入鹿(そがの いるか)を殺害した事件。これで蘇我氏は一気に衰退する。

これをきっかけに、天皇中心の国家建設を目指す政治運動が始まる(大化の改新(たいかのかいしん))。

重祚(ちょうそ)

一度退位した天皇が再び天皇になること。

二度目のときの名前は新しく付けられる。

男性天皇は1人も重祚していない。

古代 奈良時代

43元明げんめい707息子で先代の文武天皇が幼い後継者を残して亡くなったため即位する。
歴代天皇の中で息子から母へ皇位が継承された唯一の例。都を平城京へ遷す。
44元正げんしょう715歴代天皇の中で唯一母親から娘へ皇位が継承された女帝。
45聖武しょうむ  
46孝謙こうけん749日本の歴史の中で唯一女性の皇太子となる。
仏教を深く信仰したことで知られる。
47淳仁じゅんにん  
48称徳しょうとく764孝謙上皇が重祚して即位。孝謙天皇と同一人物。
皇位を皇族でない僧の弓削道鏡(ゆげのどうきょう)へ譲ろうとしたことが有名。(道鏡事件
49光仁こうにん  

古代・中世 平安時代 - 初期 -

50桓武かんむ  
51平城へいぜい  
52嵯峨さが  
53淳和じゅんな  
54仁明にんみょう  
55文徳もんとく  

中世 平安時代 - 中期 -

摂関政治の始まり。天皇は政治権力から離れていく

幼い清和天皇が即位したことや、皇族以外の人が摂政になったことから摂関政治が始まります。ここから、天皇が政治権力から離れることが、当たり前になる時代が始まります。

56清和せいわ  
57陽成ようぜい  
58光孝こうこう  
59宇多うだ  
60醍醐だいご930歴代天皇の中で唯一民間人出身の天皇。
61朱雀すざく  
62村上むらかみ  
63冷泉れいぜい  
64円融えんゆう  
65花山かざん  
66一条いちじょう  
67三条さんじょう  
68後一条ごいちじょう  
69後朱雀ごすざく  
70後冷泉ごれいぜい  

中世 平安時代 - 末期 -

摂関政治の終わり。天皇親政の院政が始まる

正確には、後三条天皇は上皇になって院政を行っていません。しかし、後三条天皇の朝廷改革があって初めて院政が可能となったことから、院政の生みの親になります。

ここでは、後三条天皇から政治権力が完全に鎌倉に移動する承久の乱で退位する仲恭天皇までを院政期とします。

71後三条ごさんじょう1068藤原氏を中心とした摂関政治の堕落ぶりを改革した院政の生みの親。
72白河しらかわ1073堀河、鳥羽、崇徳の3人の天皇の上に君臨し院政を行った大政治家。
73堀河ほりかわ1087父親の陰に隠れた文化人。
74鳥羽とば1107祖父の白河上皇の彼女を押し付けられたコンプレックスの塊。
75崇徳すとく1123父親の鳥羽上皇に、本当はひいお祖父さんの白河上皇の息子だと思われて嫌われる。
恵まれない境遇に、最後は魔王になる。
76近衛このえ1142権力闘争に巻き込まれた上に17才で亡くなったため実績を残せず。
77後白河ごしらかわ1155平清盛、源頼朝の両名を手玉に取った大政治家。
78二条にじょう1158父親の後白河上皇に真っ向から当たって砕けた男気の人。
79六条ろくじょう1165史上最年少(生後7か月)で天皇に即位して、史上最年少(5才)で上皇になる。
80高倉たかくら1168後白河上皇と平清盛の後ろ盾で即位したが、2人の後見人の対立に右往左往するばかりで存在感を示せず。
81安徳あんとく1180『平家の』『平家による』『平家のための』天皇として即位するが、世の流れに見放されて自殺する。
82後鳥羽ごとば1183事実上、最後の院政を行った人。
文武の両方に類まれな才能を持ったために鎌倉幕府と対立(承久の乱)。佐渡ヶ島に島流しされる。
菊のご紋が天皇の家紋になった始まり。
83土御門つちみかど1198父親の後鳥羽上皇と鎌倉幕府の対立のとばっちりを食らって土佐に島流しされる。
84順徳じゅんとく1210鎌倉幕府と対立した父親の後鳥羽上皇を助けるために天皇を退位したが、あっさりと敗れ隠岐に島流しされる。
85仲恭ちゅうきょう1221 祖父の後鳥羽上皇と父の順徳上皇が島流しの刑に遭ったため、鎌倉幕府の要求で無理やり退位させられる。
在位期間70日で歴代天皇ワースト一位。

中世 鎌倉時代

武士の政権が始まる。約800年、天皇は政治権力から遠ざかる。

正確には、鎌倉時代は1192年に始まり後鳥羽天皇からになります。しかし、この時点で鎌倉武士が日本全土を掌握したわけではありません。

完全に掌握したのは、1121年の承久の乱以降です。ここでは、承久の乱のあとに幕府主導で即位した後堀河天皇からを鎌倉時代とします。

後嵯峨天皇は、大覚寺統(だいかくじとう)と持明院統(じみょういんとう)という2つ内部対立を作りました。

これがそのまま室町時代の南北朝分裂へと発展していきます。

86後堀河ごほりかわ 1221寺に入って僧侶になる準備をしていたところ、突然天皇に即位する。
父親の守貞親王も、出家していたのに上皇になることになった(後高倉院)。
後高倉院は天皇を経験してない異例の上皇になる。
87四条しじょう 1232いたずらをしようとして自分がそれに引っかかり、それが原因で死んでしまったおマヌケちゃん。
88後嵯峨ごさが1242好き嫌いで天皇を交代させ、そのあと後継者問題を幕府に丸投げしたいい加減な人。
南北朝統一までの150年におよぶ、皇室の内部分裂を生む。
89後深草ごふかくさ  
90亀山かめやま  
91後宇多ごうだ  
92伏見ふしみ  
93後伏見ごふしみ  
94後二条ごにじょう  
95花園はなぞの  

中世 室町時代

朝廷が混乱して2人の天皇が存在する異例の事態に

後醍醐天皇が室町幕府に敗れたことで、朝廷が混乱・二分されて、同時に二人の天皇が存在する異例の事態になります(南北朝時代)。

96後醍醐ごだいご   
97後村上ごむらかみ北朝第1代光厳こうごん
98長慶ちょうけい北朝第2代光明こうみょう
99後亀山ごかめやま北朝第3代崇光すこう
100後小松ごこまつ北朝第4代後光厳ごこうごん
101称光しょうこう北朝第5代後円融ごえんゆう
102後花園ごはなぞの   
emperor list image
宮内庁HPより抜粋 色付きマークは筆者加工

中世 戦国時代

財政に困窮して祭祀もままならず。日本全土の混乱期。

応仁の乱で、日本の治安は不安定になり戦国時代に突入します。

戦国時代は、朝廷にとって一番の冬の時代です。各地でそれぞれの武将が領地をとりあったため、朝廷はだれから税を取っていいのか分からず、財政が困窮します。大事な祭祀も執り行えないほどでした。

この貧乏生活は、織田信長が支援を開始するまで続きます。

103後土御門ごつちみかど  
104後柏原ごかしわばら  
105後奈良ごなら  
106正親町おおぎまち  

近世 江戸時代

徳川幕府に完全に押さえつけられるが、存在感が増していく

政治権力は、完全に徳川幕府に持っていかれ、法律でも抑圧されます。しかし幕府の失政のたびに、天皇に助けを求める声が大きくなって、逆に存在感が増していきます。

この流れが、幕末の近代化の原動力になっています。

107後陽成ごようぜい  
108後水尾ごみずお  
109明正めいしょう1629父親・後水尾天皇が徳川幕府にブチ切れして即位する。
2代将軍 徳川秀忠、正室 お江の方の孫娘。
織田・浅井・徳川家の血を受け継ぎ、さらに豊臣家の親戚。
110後光明ごこうみょう  
111後西ごさい  
112霊元れいげん  
113東山ひがしやま  
114中御門なかみかど  
115桜町さくらまち  
116桃園ももぞの  
117後桜町ごさくらまち1762いまのところ、最後の女帝にして最後の
118後桃園ごももぞの  
119光格こうかく  
120仁孝にんこう  
121孝明こうめい  
院(いん)  

上皇の住居。そこから上皇の別称として使われるようになる。

在位中の天皇が亡くなったときに追号として贈られるようになる。(亡くなったら上皇になるということ。)

天皇の皇后を経験した人にも贈られるようになった。(女院)

第52代 嵯峨天皇に始まり第117代 後桜町天皇まで使われる。

近代 明治時代

近代思想との調整を必要とする初めての経験

天皇という存在自体、近代思想とは相いれないところがあります。日本はその答えとして、『象徴天皇』というものにたどり着きました。

この答えが正しいのかどうかわかりません。この問いは日本人が永遠に考え続けなければならない宿題なのでしょう。

122明治めいじ 1868 
123大正たいしょう 1912 
124昭和しょうわ 1926 
125今上きんじょう19892019年4月末で『平成』が終わります。
今上天皇は、象徴天皇として誕生して、象徴天皇として終わろうとしています。
1262019
天皇・皇室の本
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『天皇について基本的なことを知りたい』『過去の天皇の人物像を知りたい』という人におすすめの本を選びました。

内容がかんたんで頭に入りやすく、でも内容が薄いわけではありません。むしろ濃いくらいです。

日本人なら知っていてほしい天皇・皇室の基礎知識だけでなく、外国の人に説明できるくらいの知識が身につきます。


天皇の本3選

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