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時代で見る

日本の歴史を時代ごとに見ていきます。なるべく各時代ごとに切れてしまわないように、1つの流れとしてつながるようにしていこうと思います。

保元の乱 武士が政治の世界に進出する

画保元の乱

保元の乱(ほうげんのらん)は、鳥羽上皇崇徳上皇の親子喧嘩が原因で始まりました。そこから後白河天皇 vs 崇徳上皇の兄弟喧嘩が大爆発します。

保元の乱は、天皇・上皇、有力貴族、武士と、日本の政治にかかわるすべての勢力が二分された戦でした。このようにすべての勢力が参加して日本を二分した例は他にありません。

そして保元の乱で実際に戦ったのは、それぞれ双方に味方した武士たちでした。彼らの活躍によって武士が政治勢力として飛躍するきっかけを作ります。

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摂関政治とは何だったのか?いつ始まったのか?

何かな?の画像

摂関政治は『せっかんせいじ』と読みます。

平安時代に始まり、『政(せっしょう)と白(かんぱく)が中心となった政治』という意味です。藤原氏が中心の政治でもありました。どのようなシステムなのでしょうか?

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第44代 元正天皇 唯一母親から娘への母系で皇位を継承する

元正天皇肖像画

元正天皇(げんしょう)は女帝で、歴代の天皇の中で唯一母親から娘への皇位継承が行われた天皇です。

元正天皇は、親兄弟、先祖のほとんどが天皇経験者という家族構成がとても豪華な人でした。

この頃は平城京に遷都して間もないころで、日本独自の文化を形成する平安時代の直前の時代です。日本が国家として成長するためのシステムを作り上げている最中で、ダイナミックな時代でもありました。

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第71代 後三条天皇 摂関政治を壊した先駆者

後三条天皇肖像画

ミスター院政ともいえる白河法皇の父親である後三条天皇(ごさんじょう)は、藤原氏の横暴な政治を止めさせようとした人です。

実績の割にはあまりにも知られていない人でもっと知ってほしい天皇の1人です。

後三条天皇の朝廷改革がなければ摂関政治が衰えず、院政もなく、武士の世もなかったかもしれません。

時代の大変革の土台を作った偉大な人物といえます。

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第77代 後白河天皇 『能もなく芸もなし』から大変身!

後白河天皇肖像画

後白河天皇(ごしらかわ)は、朝廷内での評価が最低でした。しかし、当の本人はどこ吹く風でどんどん大政治家へと成長していきます。

平清盛、源頼朝とも渡り合い、武家を利用しながらまたは利用されながら30年以上トップであり続けました。

皇族同士、武士との権力闘争を生き抜き、歴代天皇の中でも激動の政治の世界の中心にいた人物です。

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鎌倉幕府の歴代将軍一覧

鎌倉大仏の画像

鎌倉時代は、本格的な武士の時代の始まりです。その中心の鎌倉幕府の将軍は、そのほとんどが武士ではありませんでした。

武士の棟梁が武士ではないという不思議な時代でもあります。その鎌倉幕府の将軍を少しずつ見ていきます。

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第84代 順徳天皇 親父に巻き込まれて島流しの刑を食らった男

順徳天皇肖像画

順徳天皇(じゅんとく)は、部下の部下から島流しの刑を食らった数少ない珍しい天皇です。

父親の後鳥羽上皇の政治闘争に巻き込まれる形で失脚したため最も不幸な天皇とも言えます。

また、天皇の在位中から上皇になっても、京都にいるときは後鳥羽上皇が健在だったため、自らの力で政治を取り仕切るということはありませんでした。

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