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正一位, 従三位ってなんだ? 位階とか官職とか官位の細かなちがい。

大極殿

日本の権力者たちには長年ランキングがありました。律令制で設けられた位階です。

律令制では位階となれる役職がリンクしていたので、位階がないと朝廷の幹部にはなれませんでした。

このランキング、今でも使われてます。閣僚経験者たちは亡くなると上位ランカーになる。

ランカーは8位まであった。(じつは9位まであるが...)

まずは、律令制で設けられた貴族のランキングを見てみましょう。

読み
1正一位
従一位
しょう・いちい
じゅ・いちい
2正二位
従二位
しょう・にい
じゅ・にい
3正三位
従三位
しょう・さんみ
じゅ・さんみ
4正四位上
正四位下
従四位上
従四位下
しょう・しい・じょう
しょう・しい・げ
じゅ・しい・じょう
じゅ・しい・げ
5正五位上
正五位下
従五位上
従五位下
しょう・ごい・じょう
しょう・ごい・げ
じゅ・ごい・じょう
じゅ・ごい・げ
6正六位上
正六位下
従六位上
従六位下
しょう・ろくい・じょう
しょう・ろくい・げ
じゅ・ろくい・じょう
じゅ・ろくい・げ
7正七位上
正七位下
従七位上
従七位下
しょう・しちい・じょう
しょう・しちい・げ
じゅ・しちい・じょう
じゅ・しちい・げ
8正八位上
正八位下
従八位上
従八位下
しょう・はちい・じょう
しょう・はちい・げ
じゅ・はちい・じょう
じゅ・はちい・げ
9大初位上
大初位下
少初位上
少初位下
だい・しょい(そい)・じょう
だい・しょい(そい)・げ
しょう・しょい(そい)・じょう
しょう・しょい(そい)・げ
律令制の位階(位)

数字じゃない規則性があるのも特長です。

このランキングは日本最初の本格的な律令の大宝律令で整備され、養老律令で完成し1000年以上も使われています。

大宝律令と養老律令

古代の近代化(律令国家をめざす)の基礎になる法典。憲法みたいなもの。

近江令(おうみりょう)、飛鳥浄御原令(あすかきよみはらりょう)は自分たちで作ったが、大宝律令は中国の丸コピーだった。

律令は、律(りつ。刑法)と令(りょう。民法、行政法)からなる。

大宝律令(たいほうりつりょう)

701年(大宝元)撰定、702年(大宝2)施行。

中国のを丸コピーして日本に必要なものだけを選んだので1年で完成させた。

第42代 文武天皇の時代。

(じっさいは持統上皇が行なった。)

大宝律令は飛鳥浄御原令の失敗から『とりあえずパクった』もの。

養老律令(ようろうりつりょう)

718年(養老2)撰定、757年(天平宝字元)施行。

大宝律令の改訂版。

突貫工事でつくった大宝律令は中国のコピーなので、日本に合わないことがあった。

養老律令では、日本に合うように修正。(オリジナルの追加・変更)

撰定は第44代 元正天皇、施行は第46代 孝謙天皇。どちらも女帝。

天皇の皇位継承のルールを定めた継嗣令(けいしりょう)もある。

養老律令は『パクっただけだとなんか合わない。改良しよ!』になったもの。

養老律令 = 大宝律令 + 飛鳥浄御原令 + さらに改良

撰定から施行まで40年もかかっている。

オリジナルを作るのに苦労したのか? あいだの第45代 聖武天皇がサボったのか? よくわからない。

女帝のほうが憲法の大切さを分かっていて国作りに熱心だったのかも。

(大宝律令の持統上皇も女帝。)

(聖武天皇は仏教マニアで国作りに興味なし。)

正・従はグランプリ、準グランプリみたいなもの。

まず、数字のランク内で正(しょう)と従(じゅ)があります。

従は『従う』『言うことを聞く』のようにあまり良い意味はありませんが、ここでは正に準ずるという意味。

正の部下に変わりはないですが。

ただ上位になると、正のパートナーの意味合いが強く、正二位は左大臣、従二位は右大臣、正三位は大納言、従三位は中納言になります。

従三位は大納言にもなれ、従二位は左大臣にもなれる。

このあたり正・従はアバウトで、その時々の貴族の面々の状況による。

正一位・従一位は別格で太政大臣以外はもらえません。太政大臣が複数人いることはないので、正と従にちがいはない。

また、正一位を生前にもらえたのは1000年以上の歴史の中でも数人しかなく、死後に贈られるのが通例です。

一位から三位までの貴族を公卿(くぎょう)と言います。公卿の正・従の関係は名目のところがあって、じっさいにもってる権力で上下関係が左右されてました。

公卿には上・下がつきません。これからも別格だということが分かる。

公卿は三位以上のことを言い別格。

(上・下が付かないのでも分かる。)

その中でも太政大臣はさらに別格で正一位・従一位は太政大臣のためだけの位。

公卿の正・従はじっさいの力関係と逆転することもあり、上下関係は数字ほどではない。

数字の上下関係は絶対。

公卿以外は上・下が付く

公卿の別格あつかいは、位の名前を見てもわかります。公卿以外、四位以下にはさらに上・下でランクを分けてます。

数字、正・従、上・下。この3つのランク分けの総合点が位階のランクです。

位の順位の優先度

数字の違いは絶対。

数字が同じ場合、正が従より偉い。

数字と正・従が同じ場合、上が下より偉い。

公卿の別格の理由は、やっぱり無条件に天皇と面会できて話ができたことでしょう。

律令制になってから天皇の執務室は公私が分けられ、プライベート空間を内裏(だいり)といいます。

平安京ではこの内裏に清涼殿があり、公卿は清涼殿に無条件に入ることができました。

ちなみに、四位と五位の人でも天皇が許せば清涼殿に入れる人がいました。その人のことを殿上人(てんじょうびと)と言います。

今でいうと清涼殿は首相官邸の執務室ですね?

公卿は閣僚で、四位・五位は各役所の次官クラスの人々。

9位は数字じゃなく初位。初心者マークってこと?

最後はいろいろありすぎて困りますね?

9位は絶対的なランクの条件の数字じゃありません。『初』という初心者マークみたいになってる。

せっかく免許を取ってベンツGクラスを買ったのに、初心者マークを1年間付けないといけなくて、ダサくなってるみたいなカッコ悪さがあります。

そして、初心者へのマウントなのか、正・従も使わせてもらえません。代わりに使ってるのが大・小です。

じっさい、初位の人たちは朝廷の幹部らしからぬ雑用みたいな仕事しかできません。

庶務課に配属されたけど、仕事は電球交換オンリーですみたいな。

(そういや90年代にそんなドラマがあった。)

日本はほんとうにビギナーにマウントを取る社会ですよね?

そっか。その原因の年功序列って儒教の影響で中国のものまねだった。律令制がそのまんまだし。

しょうがない。そういう社会だから。

律令(りつりょう)

律(りつ。刑法)と令(りょう。民法、行政法)からなる憲法みたいなもの。

7世紀の当時、世界の先進国の1つだった中国から伝わる。

日本は世界の先進国の仲間入りを目指して導入し始めていた。

律令で統治された国家を律令国家、その政治システムを律令制という。

次は 位階と朝廷の役職はセット。位階無くして官職なし。

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