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第65代 花山天皇。文春砲でも打ち切れない女好きのアーティスト

花山天皇 肖像画

歴代天皇 - 絶好調の藤原氏と天皇たち -

第65代 花山天皇(かざん)は、歴代天皇のなかでもトップクラスの天才アーティストですが、なにせ女癖がワルい。ワルい。

アン○ャッ○ュ・渡○を最高の笑顔で許せるくらいの、とんでもエピソード満載の人です。

(もちろん女性がらみの。)

天皇としてはかわいそうで、だまされて退位させられます。

中世 平安時代 - 中期 -

  • 皇居
  • 平安宮
    (へいあん の みや)

  • 生没年
  • 968年10月26日 ~ 1008年2月8日
    安和元 ~ 寛弘5
    41才
  • 在位
  • 984年8月27日 ~ 986年6月23日
    永観2 ~ 寛和2
    2年
  • 名前
  • 師貞
    (もろさだ)
  • 別名
  • 入覚
    (にゅうかく)

  • 藤原懐子
    (ふじわら かいし / かねこ)

    藤原伊尹の娘
    (ふじわら これただ)

  • 皇后
  • 藤原忯子
    (ふじわら しし / よしこ)

    藤原為光の娘
    (ふじわら ためみつ)

花山天皇 系図
宮内庁HPより抜粋 一部筆者加工

後ろ盾がなくて短命の在位

師貞親王(もろさだ。のちの花山天皇)は、先代・円融天皇が即位したとき、生後10ヶ月で皇太子になりました。

円融天皇は師貞親王の父ではなく叔父さんです。

円融天皇は10才で息子がいなかったからですが、師貞親王のお祖父ちゃんは藤原伊尹(ふじわら これただ)で、円融天皇の摂政でした。

伊尹の絶大な力でねじ込んだかたち。

花山天皇は17才で即位しますが、すでに伊尹は亡くなっていて、伊尹の弟・藤原兼家(ふじわら かねいえ)の時代になっていました。

兼家は、自分の孫で円融天皇の待望の息子・懐仁(やすひと。次の一条天皇)を天皇にしたくて花山天皇がジャマでなりません。

花山天皇の在位期間が短いのは、最強の後ろ盾がいなかったからです。

(たった2年。)

騙されて、出家させれて退位

花山天皇は即位した年に藤原忯子(ふじわら しし / よしこ)を皇后に迎えましたが、次の年にお腹に子どもがいたまま亡くなりました。

皇后が昼も夜もずっと自分のそばにいないとダメなくらい大好きだったようです。亡くなったのがショックで宮中を逃げ出して行方不明になりました。

宮中では大騒ぎだったようですが、花山天皇は東山の花山寺(いまの元慶寺)に逃げ込んで出家していました。

というのが表向き。花山天皇の出家にはもうひとつのエピソードがあります。

(花山天皇の(おくりな)は出家した花山寺から来ている。)

藤原氏の謀略で出家させられた?

平安時代後期に書かれた『大鏡』にもうひとつのエピソードがあります。

大鏡によれば、皇后を亡くして意気消沈していた花山天皇に『それならいっそ、出家しませんか?』と言った人がいたそう。

藤原兼家の三男・道兼(みちかね)です。

道兼は、『天皇と一緒に自分も出家する』といって天皇を誘い出し、花山寺で出家させたところで逃げ帰ったとか。

もちろん、この計画を練ったのは次の天皇に孫を即位させたかった兼家です。

(兼家・道兼は次の一条天皇関白になる。)

花山天皇は煙たがられて、騙されて、出家させられて退位しました。言ってみればクビ。

まだ若く19才でした。

この退位を『寛和の変』(かんなのへん)という。

(寛和2年に起きた政変だから。)

藤原氏は冷泉系統がお嫌い?

花山天皇の父・冷泉天皇は、歴代天皇の中でもアンポンタンの天皇とされています。

個人的には、そうでもないと思っているのですが。

花山天皇の評判も『あの親にしてこの子あり。』だったらしい。つまり、あの冷泉天皇の息子だからアンポンタンだと。

じっさい、花山天皇はイッちゃっている言動が多く、それが早期退位の原因になっているとも言われます。

(これにもボクは疑問をもっている。)

宮中・清涼殿のせまい庭で馬を乗り回したり、即位式の冠が重いと駄々をこねたりしたそう。

ちなみに、花山天皇の弟も天皇(三条天皇)になりますが、三条天皇は、藤原道兼の弟・藤原道長(ふじわら みちなが)に、さんざんイジメられた挙げ句、退位させられます。

じつは、藤原氏が一番調子に乗ったときの天皇が冷泉系統。

たんに、天皇のイメージを落として『だから代わりに藤原氏がやってるんだ』感を出してるだけにも見える。

冷泉系統の天皇たちはかわいそうといえばかわいそう。

冷泉系統の天皇たちは優秀だったんじゃないか?

(じっさい、別のところでものすごい才能を発揮する。)

優秀なだけに藤原氏にとっては利用しづらい天皇だったのでは?

冷泉天皇の父・村上天皇は、天皇親政をした後世に名を残すほどの名君だった。

冷泉系統はそれを継いでいたんじゃないか?

と勘ぐりたくなる。

花山天皇の性欲はずば抜けている!

花山天皇は有名でないですが、これからも有名になることはないでしょう。だってエピソードが下ネタばっかりで教科書に載せられない。

話はそれますが、令和の天皇・皇后両陛下が、即位礼正殿の儀(そくいれいせいでんのぎ)でお出ましになった高御座(たかみくら)を覚えているでしょうか?

花山天皇は即位礼の直前、高御座のカーテンを上げ下げする女中が好みだったのか、引っ張り込んでS○Xしたそう。

また、亡くなった皇后の妹に手を出そうとして、その夫の・藤原伊周(ふじわら これちか。藤原兼家の孫)に射殺されそうになったとか。

藤原伊周の勘違いだったらしいが、本気で殺そうとして矢を放った。

矢は花山法皇の袖を突きぬけて近くにいた従者に当たって死んだらしい。

(花山天皇は出家して法皇になっていた。)

出家して法皇になっても女好きエピソードは数知れず。

アパホテルでポイントを貯めるケチケチ密会。

公園の駐車場で毎度の青空カー・セッ○ス。

六本木ヒルズの多目的トイレ事件。

昨今たたかれまくっている、エロティカ・エピソードなんて屁でもない花山天皇です。

(個人的に面白がってる。女性陣は聞かなかったことにしてください。)

花山天皇の女好きは本当だが、高御座や射殺未遂などぶっ飛んだものは藤原氏の天皇ネガティブキャンペーンの一環という話もある。

光源氏?

花山天皇は法皇になっても皇子がたくさん生まれました。

昔の乳母とデキちゃって皇子が生まれたり、その乳母の娘ともデキちゃって皇子が生まれたり。

『ん?』。こういう話は紫式部の『源氏物語』によく出てきます。

源氏物語は花山天皇が亡くなる3年前に出版されたので、もしかすると花山天皇もモデルになってるのかも知れません。

か、この時代はそういう人がいっぱいいたか。

男性有名人の皆さん、恐れることはないし謝る必要もありません。日本人はこんなもんです。

(女性陣には読まれないことを願う。ムリか?)

漫画家の先輩?

花山院(引退した天皇のことを院という)は、新しい奇抜なアイディアをもち、変わった趣向を凝らすことで有名でした。

風流者(ふりゅうざ)というらしい。)

和歌・絵画・建築・工芸・造園などなど、いろんなところで才能を発揮したそう。

(それって、天才アーティストじゃね?)

また花山院は、よく絵を描いていたそうで、動くものを描くのに薄墨をぼかして表現するなど、漫画家がやるようなことをやっていました。

(絵で飛ぶ、走るなど躍動感のある表現をしていた。)

描かれた絵はどれもリアルなものだったそう。

(やっぱりスゴいわ。)

女好きは別にして、花山天皇は世間がいうほどダメなやつではない証拠です。

『天皇として』はふさわしくなかったかもしれませんが、最後はアーティストとして生きた花山天皇は41才で亡くなりました。

最初からクビにされる運命だった?

花山天皇は、生後10ヶ月で皇太子になりましたが、そのあとに先代の円融天皇に皇子(次の一条天皇)が生まれました。そして、皇子のお祖父ちゃんが最大の実力者・藤原兼家(ふじわら かねいえ)。

兼家は皇太子の交代をしたかったでしょうが、それはできなかったので、そのまま花山天皇が即位しました。

藤原氏は皇太子の交代はためらうのに天皇をクビにするのは平気なのが不思議。)

花山天皇は初めからクビが決まっていた天皇でした。

10代の少年なんてやんちゃなんだから、特別に花山天皇がヤバイやつとは思いません。

天皇をクビにする理由を探していた兼家は『やんちゃ』を退位の理由にし、花山天皇も分かっていたのでしょう。だからよけいに反抗期が出てしまったのかも。

個人的には、花山天皇のことを知ったとき『一番好きな人かも』と思いました。女性の前では絶対に言いませんが。

女性に朗報です。

花山天皇は珍しく皇后以外の妻がいませんでした。一夫多妻の中、妻はたったひとり。

妻にするほど愛した人は一人だけだったのかもしれない。妻以外の女性との間にたくさん子どもはいたが。

(朗報じゃないか。)

皇后が亡くなると新しい皇后を立てるのは当たり前にあるが、それもしていない。

当時、藤原氏の一番の権力をもった藤原兼家の一派がそうさせなかったのか?

どうせクビにするつもりだったから。

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第64代 円融天皇。妻と息子に会わせてもらえず泣く泣く退位。イジメたのは犬猿の仲の藤原兼家。
第66代 一条天皇。宮廷文化の最高潮で豊富な人材が揃う。いよいよ藤原道長の登場。
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天皇・皇室の本

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