第2代~第9代(欠史八代)情報が少なく実在が疑われる8人の天皇

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第2代-第9代 天皇肖像画

歴代天皇 - 伝承上の天皇 -

綏靖(すいぜい)、安寧(あんねい)、懿徳(いとく)、孝昭(こうしょう)、孝安(こうあん)、孝霊(こうれい)、孝元(こうげん)、 開化(かいか)の第2代から第9代までの8人の天皇は、今のところ実在が確認されてない伝承上の天皇です。

欠史八代(けっしはちだい)と呼ばれます。

歴代天皇の中で、これに初代 神武天皇を加えた9人の天皇が神話の世界、フィクションと言われます。実在が確認されているのは、第10代 崇神天皇(すじん)からです。

先史 神話の時代 - 人代(ひとのよ) -

欠史八代(けっしはちだい)とは

第2代から第9代の8人の天皇には、歴史の資料があまりにも少なく実在が疑われている天皇です。

例えば『古事記』では、この8人については、親が〇〇で、皇后が〇〇で、息子が〇〇で、〇〇才で崩御した程度の情報しかありません。
あとは、御陵の場所と都を〇〇へ遷したという情報くらいでしょう。

ものすごくあっさりとした記述です。そして書かれた記述も、歴史の事実として証明されていません。あくまでこう言われているよ?というものです。

天皇が何をしたかのエピソードについてはまったく情報がありません。

だから、『歴史が欠けた8代の天皇』欠史八代と呼ばれます。

第2代 綏靖天皇(すいぜい)

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  • 皇居
  • 葛城高丘宮
    (かずらきのたかおかのみや)
  • 生没年
  • ?年?月?日 ~ ?年?月?日
    神武天皇29年?月?日 ~ 綏靖天皇33年5月10日
    45 ? or 84 ? 才
  • 在位
  • ?年?月?日 ~ ?年?月?日
    綏靖天皇元年1月8日 ~ 綏靖天皇33年5月10日
    33 ? 年
  • 名前
  • 神渟名川耳尊
    (かんぬなかわみみのみこと)
  • 姫蹈鞴五十鈴媛命
    (ひめたたらいすずひめのみこと)

    事代主神の娘
    (ことしろぬしのかみ)
  • 皇后
  • 五十鈴依媛命
    (いすずよりひめのみこと)

    母の妹
    (伯母)

初代 神武天皇の死後

綏靖天皇の即位までには兄弟間の後継争いがありました。その中心人物が神武天皇の九州時代からの妻の長男です。

この長男は、自分が後継ぎになるため、父の皇后(奈良に落ち着いてからの妻)に言い寄り自分の妻にします。そして、この妻の息子3人(長男からすると義弟)を殺そうとたくらみます。

それを知った長男の妻は、歌にのせて自分の3人の息子に知らせます。それを聞いた3兄弟は、逆に義兄を殺すことを決意します。

殺害決行の時、直前になって3兄弟の長兄はビビッて固まってしまいます。そこで代わりに長男の殺害を実行したのは3兄弟の次男でした。

この弟が天皇にふさわしいとして即位します。綏靖天皇の即位です。

綏靖天皇の御陵は、神武天皇陵の北にある衡田(つきだ)の岡(現在の奈良県橿原市四条町)にあります。

綏靖天皇は天照系と出雲系の両血統が入っている

綏靖天皇の母親は事代主神(ことしろぬしのかみ)の娘です。このカミサマは、出雲のカミサマ・大国主命(おおくにぬしのみこと)の子供です。つまり、綏靖天皇の母方の祖父は出雲のカミサマになります。

大国主命は出雲大社に主祭神として祀られています。

これは、父親の神武天皇は、カミサマの時代から対立していた天照系と出雲系のカミサマを和解させ統合したというメッセージになります。

綏靖天皇はその統合の象徴になります。

第3代 安寧天皇(あんねい)

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  • 皇居
  • 片塩浮孔宮
    (かたしおのうきあなのみや)
  • 生没年
  • ?年?月?日 ~ ?年?月?日
    綏靖天皇5年?月?日 ~ 安寧天皇38年12月6日
    49 ? or 57 ? 才
  • 在位
  • ?年?月?日 ~ ?年?月?日
    綏靖天皇33年7月15日 ~ 安寧天皇38年12月6日
    38 ? 年
  • 名前
  • 磯城津彦玉手看尊
    (しきつひこたまてみのみこと)
  • 五十鈴依媛命
    (いすずよりひめのみこと)
  • 皇后
  • 渟名底仲媛命
    (ぬなそこなかつひめのみこと)

    鴨王の娘
    (かものきみ)

綏靖天皇の第1皇子として生まれ、21才で皇太子になったと言われています。8年後、綏靖天皇の崩御によって天皇に即位します。

そして、都を葛城高丘宮から片塩浮孔宮に遷しました。片塩の所在地は意見が分かれていて、河内、大和など言われています。

安寧天皇の御陵は、畝傍(うねび)山の南くぼみ(現在の奈良県橿原市吉田町)にあります。

第4代 懿徳天皇(いとく)

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  • 皇居
  • 軽曲峡宮
    (かるのまがりおのみや)
  • 生没年
  • ?年?月?日 ~ ?年?月?日
    綏靖天皇29年?月?日 ~ 懿徳天皇34年9月8日
    45 ? or 77 ? 才
  • 在位
  • ?年?月?日 ~ ?年?月?日
    懿徳天皇元年2月4日 ~ 懿徳天皇34年9月8日
    34 ? 年
  • 名前
  • 大日本彦耜友尊
    (おおやまとひこすきとものみこと)
  • 渟名底仲媛命
    (ぬなそこなかつひめのみこと)
  • 皇后
  • 天豊津媛命
    (あまとよつひめのみこと)

    息石耳命の娘
    (おきそみみのみこと)

安寧天皇の第2皇子として生まれ16才で皇太子になったと言われています。27年後に安寧天皇が崩御すると天皇に即位します。

懿徳2年、都を軽の曲峡宮に遷します。軽(かる)は古代には知られた地名で、第8代 孝元天皇もこの地を都にしています。現在の奈良県橿原市大軽町近くになります。

懿徳天皇の名には耜(すき)という農具を表す文字が含まれており、農業にかかわりの深い天皇だったのではないかと言われています。

懿徳天皇の御陵は、畝傍山の南の繊沙谿上陵(まなごのたにのかみのみささぎ)(現在の奈良県橿原市池尻町)にあります。

第5代 孝昭天皇(こうしょう)

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  • 皇居
  • 掖上池心宮
    (わきのかみのいけごころのみや)
  • 生没年
  • ?年?月?日 ~ ?年?月?日
    懿徳天皇5年?月?日 ~ 孝昭天皇83年8月5日
    93 ? or 113 ? 才
  • 在位
  • ?年?月?日 ~ ?年?月?日
    孝昭天皇元年1月9日 ~ 孝昭天皇8年5月8日
    83 ? 年
  • 名前
  • 観松彦香殖稲尊
    (みまつひこかえしねのみこと)
  • 天豊津媛命
    (あまとよつひめのみこと)
  • 皇后
  • 世襲足媛命
    (よそたらしひめのみこと)

    瀛津世襲の妹
    (おきつよそ)

懿徳天皇の皇子として生まれ18才で皇太子になったと言われています。12年後に懿徳天皇が崩御すると天皇に即位します。

即位した年の7月、都を掖上(わきのかみ)の池心宮(いけごころのみや)に遷しました。掖上は現在の奈良県御所市池之内付近です。

孝昭29年に皇后を迎え、皇后は天足彦国押人尊(あめたらしひこくにおしひとのみこと)と日本足彦国押人尊(やまとたらしひこくにのみこと)を産みました。
2人の皇子の名前にある「たらしひこ」は美称で、当時天皇のことをこのように呼ぶ習わしがあったようです。

孝昭天皇の御陵は、掖上の博多山の上(現在の奈良県御所市三室)にあります。

第6代 孝安天皇(こうあん)

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  • 皇居
  • 室秋津島宮
    (むろのあきづしまのみや)
  • 生没年
  • ?年?月?日 ~ ?年?月?日
    孝昭天皇49年?月?日 ~ 孝安天皇102年1月9日
    123 ? or 137 ? 才
  • 在位
  • ?年?月?日 ~ ?年?月?日
    孝安天皇元年1月7日 ~ 孝安天皇102年1月9日
    83 ? 年
  • 名前
  • 日本足彦国押人尊
    (やまとたらしひこくにのみこと)
  • 世襲足媛命
    (よそたらしひめのみこと)
  • 皇后
  • 押媛命
    (おしひめのみこと)

    天足彦国押人尊の娘
    (あめたらしひこくにおしひとのみこと)

孝昭天皇の息子として生まれ孝昭68年に皇太子になったと言われています。15年後に孝昭天皇が崩御すると天皇に即位します。

孝安2年、都を室(むろ)の秋津島宮(あきづしまのみや)に遷しました。室は現在の奈良県御所市室付近と言われています。

『日本書紀』では、押媛命は孝安天皇の姪で天皇の兄の娘ではないかと記しています。

孝安天皇の御陵は、玉手の丘の上(現座の奈良県御所市玉手)にあります。

第7代 孝霊天皇(こうれい)

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  • 皇居
  • 黒田庵戸宮
    (くろだのいおどのみや)
  • 生没年
  • ?年?月?日 ~ ?年?月?日
    孝安天皇51年?月?日 ~ 孝霊天皇76年2月8日
    116 ? or 128 ? 才
  • 在位
  • ?年?月?日 ~ ?年?月?日
    孝霊天皇元年1月12日 ~ 孝霊天皇76年2月8日
    76 ? 年
  • 名前
  • 大日本根子彦太瓊尊
    (おおやまとねこひこふとにのみこと)
  • 押媛命
    (おしひめのみこと)
  • 皇后
  • 細媛命
    (ほそひめのみこと)


    (くわしひめのみこと)

    磯城県主大目の娘
    (しきのあがたぬしおおめ)

孝安天皇の皇子として生まれ、孝安76年に皇太子になったと言われています。26年後に孝安天皇が崩御してもすぐには即位せずに、都を黒田庵戸宮へ遷してから即位します。黒田は現在の奈良県磯城郡田原本町の黒田、宮古付近になります。

孝霊天皇の御陵は、片岡の馬坂の上(現在の奈良県北葛城郡王寺町本町)にあります。

孝霊天皇は桃太郎のお父さん

側室との間に、「四道将軍」の1人で、桃太郎伝説のモデルとなった吉備津彦命(きびつひこのみこと)が生まれています。
また、「三輪山伝説」に登場する倭迹迹日百襲姫命(やまとととびももそひめのみこと)も孝霊天皇も息子です。

第8代 孝元天皇(こうげん)

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  • 皇居
  • 軽境原宮
    (かるのさかいはらのみや)
  • 生没年
  • ?年?月?日 ~ ?年?月?日
    孝霊天皇18年?月?日 ~ 孝元天皇57年9月2日
    57 ? or 116 ? 才
  • 在位
  • ?年?月?日 ~ ?年?月?日
    孝元天皇元年1月14日 ~ 孝元天皇57年9月2日
    57 ? 年
  • 名前
  • 大日本根子彦国牽尊
    (おおやまとねこひこくにくるみのみこと)
  • 細媛命
    (ほそひめのみこと)
  • 皇后
  • 鬱色謎命
    (うつしこめのみこと)

    鬱色雄命の妹
    (うつしおのみこと)

孝元天皇の皇子として生まれ、19才で皇太子になったと言われています。40年後に孝元天皇が崩御すると天皇に即位します。

孝元4年、都を軽の境原宮に遷します。軽のは現在の奈良県橿原市大軽町付近になります。この地は第4代懿徳天皇も都とした場所です。

皇后との間に、「四道将軍」の1人である大彦命(おおひこのみこと)や次の開化天皇が生まれています。

側室との間にもうけた彦太忍信命(ひこふつおしのまことのみこと)は、武内宿禰(たけうちのすくね)の祖父です。宿禰は、景行・政務・仲哀・応仁・仁徳天皇5代に仕え、300才まで生きたと言われる伝説の臣下(大臣)です。

孝元天皇の御陵は剣の池の嶋の上(現在の奈良県橿原市石川町)にあります。

第9代 開化天皇(かいか)

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  • 皇居
  • 春日率川宮
    (かすがのいざかわのみや)
  • 生没年
  • ?年?月?日 ~ ?年?月?日
    孝元天皇7年?月?日 ~ 開化天皇60年4月9日
    63 ? or 111 ? 才
  • 在位
  • ?年?月?日 ~ ?年?月?日
    孝元天皇57年11月12日 ~ 開化天皇60年4月9日
    60 ? 年
  • 名前
  • 稚日本根子彦大日日尊
    (おおやまとねこひこおおひひのみこと)
  • 鬱色謎命
    (うつしこめのみこと)
  • 皇后
  • 伊香色謎命
    (いかがしこめのみこと)

    大綜麻杵の妹
    (おおへそき)

孝元天皇の皇子として生まれ、16才で皇太子になったと言われています。35年後に孝元天皇が崩御すると天皇に即位します。

開化元年、都を春日の率川宮に遷します。春日は現在の奈良県本子守町率川になります。

皇后の伊香色謎命は、次の天皇になる崇神天皇を産みますが、元々は孝元天皇の妃だった人です。開化天皇は父親の妻を皇后に迎えたことになります。

欠史八代の最後の天皇ですが、実在が確認されている崇神天皇の父親ということもあり、伝承と歴史をつなぐキーパーソンとして実在説も語られています。

開化天皇の御陵は、率川の坂の上(現在の奈良県奈良市油阪町山之寺)にあります。

 

天皇・皇室のおすすめの本
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