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初代 神武天皇, 先祖は有名なカミサマだらけ。まるで日本昔ばなしの世界。

神武天皇肖像画

歴代天皇 - 伝承上の天皇 -

神武天皇(じんむ)は、初代天皇で神話の世界の人です。しかし、親や祖父・祖母など先祖はカミサマ。神武天皇はカミの子孫なのにカミじゃありません。人間です。

これが日本の歴史のはじまりの不思議なところで、『神武天皇は何者か?』のヒントにもなっています。

先史 神話の時代 - 人代(ひとのよ) -

  • 皇居
  • 畝傍橿原宮
    (うねびのかしはらのみや)
  • 生没年
  • ?年?月?日 ~ ?年?月?日
    庚午年1月1日 ~ 神武天皇76年3月11日
    137 ? 才
  • 在位
  • ?年?月?日 ~ ?年?月?日
    辛酉年1月1日 ~ 神武天皇76年3月11日
    76 ? 年
  • 名前
  • 神日本磐余彦尊
    (かむやまといわれひこのみこと)
  • 別名
  • 神倭伊波礼毘古命
    (かむやまといわれひこのみこと)

    狭野尊
    (さののみこと)
  • 彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊
    (ひこなぎさたけうかやふきあえずのみこと)
  • 玉依姫命
    (たまよりひめのみこと)

    海神の娘
  • 皇后
  • 姫蹈鞴五十鈴媛命
    (ひめたたらいすずひめのみこと)

    事代主神の娘
    (ことしろぬしのかみ)

日本の歴史のはじまりはあいまい

日本の歴史は世界のなかでも珍しいはじまりです。

カミサマと人の境界があいまいで、カミの世界とヒトの世界がひとつの歴史でつながっています。

一神教とヒトの関係

たとえばキリスト教やイスラム教では、人は造物主(ゴッド。アッラー)がつくりました。

キリストは『神の子』といわれますが親子ではない。

歴史の主人公は人で造物主のストーリーは歴史ではありません。そのへんは区別されてます。

日本はカミとヒトは親子

一方日本は、カミとヒトが親子で、あたかもひとつの歴史のようにつながっています。そのため、なかなか分かってもらえないし複雑に見えて興味をもたれません。

むしろ、一神教の人からは否定されることもある。

また研究の進化で、神話だったことが歴史の事実になることがあり、これが古い歴史の理解をもっと分かりにくくしています。

(逆に否定されることもある。)

日本の歴史は、流れ、ストーリーで追っていくとわかりやすいです。どのように流れているのでしょうか?

ギリシャやエジプトなど、日本と同じように神さまの神話から始まっているところもあります。

でもこれらの国は、キリスト教やイスラム教になっているので、そこで区切りができてしまいました。

(童話・昔話などで語り継がれている。)

国の歴史に神話が入っているのは、近代国家では日本くらいです。

日本の歴史は大きく3つに分かれる

日本の歴史のおおざっぱな流れです。

  • カミの世界(神話)
  • 人の世界(神話)
  • 人の歴史

神話の世界(神代・人代)

まず日本の歴史はカミの世界からはじまります。人はでてきません。登場人物(?)はカミで、カミの人間(?)模様が描かれます。

話があまりに人間臭いのでカミのことだと忘れてしまうほど。『古事記』や『日本書紀』にいろいろな物語が収録されています。

これが神武天皇から人の世界に移ります。これも『古事記』や『日本書紀』でいろいろなストーリーが展開されます。

古事記と日本書紀(こじき。にほんしょき)

第40代 天武天皇が号令をかけて作った国家の歴史書。ふたつあわせて記紀(きき)いう。

それ以前の歴史書は、焼失や理由の分からない消失でいまは存在しない。

国記と天皇記

第33代 推古天皇のとき、聖徳太子蘇我馬子(そが の うまこ)が編集長になって作ったと言われる。

国記
(こっき)
国家の歴史書
天皇記天皇の系譜

天武天皇の息子・川島皇子(かわしま の みこ)、忍壁皇子(おさかべ の みこ)が編集長になり作業をはじめた。

そのときにまとめたのが帝紀と旧辞と言われる。

帝紀と旧辞

帝紀
(ていき)
天皇の系譜、功績をまとめたもの。
旧辞
(きゅうじ)
各氏族の系譜をまとめたもの。
氏族や民など、いろいろな人々に伝わる伝承をまとめた。
日本書紀に出てくる『上古諸事』は旧辞を指すとも。

帝紀と旧辞は一体だったとも言われはっきりせず、ふたつとも現存しない。

当時、重要な情報は覚えて口伝えする職業(誦習者。しょうしゅうしゃ)があり、稗田阿礼(ひえだ の あれい)が帝紀・旧辞を覚えた。

帝紀と旧辞が古事記と日本書紀の基本資料になり、飛鳥時代以前の歴史は、古事記、日本書紀にたよる。

古事記(こじき。ふことふみ)

帝紀・旧辞を稗田阿礼に誦習させたが、天武天皇が亡くなると作業が中断した。

712年(和銅5)、第43代 元明天皇のとき、太安万侶(おお の やすまろ)が阿礼の記憶、帝紀・旧辞から文字起こしして書物にまとめたのが古事記。

20年以上の中断があり完成に30年以上かかった。

(阿礼は、帝紀・旧辞だけでなく、無くなっていた数々の歴史書も覚えていた暗記の天才と言われる。)

日本書紀(にほんしょき)

完成は古事記よりもおそく、720年(養老4)、第44代 元正天皇のころに完成。

中断していたのか?たんに時間がかかったのか? 完成までの経緯はよく分かっていない。

天武天皇の息子・舎人皇子(とねり の みこ)が編集長。

古事記倭語を漢字にあてた。
『夜露死苦』(よろしく)みたいに。

国内向け。
国家統一に利用するためか?
日本書紀漢字で書かれた。
(中国人でも読める。)

国外向け。
世界に日本をアピールするために利用か?

神話の時代は歴史の事実として確認されていません。

このような物語が代々伝えられているよ?

ぐらいのもの。だから『神話』です。かといって、たかが神話、フィクションで片づけられません。

神話の内容が作りものにしては現実的で、研究次第では事実になることもあるでしょう。

(もちろん否定されることもありえる。)

このあたりは日々更新されています。この神話の時代を、

カミの時代 = 神代(かみよ)

人の時代 = 人代(ひとのよ)

といって分けます。次に人代から人の歴史へ移ります。

人の歴史

人の歴史は、歴史学や考古学などいろいろな研究で総合的に事実だろうとされています。

いま実在が確認されている天皇は、第10代 崇神天皇(すじん)から。

(第21代 雄略天皇ともいわれる。)

神武天皇と第2代~第9代までの天皇は実在が確認されていません。神武天皇を除く8代の天皇のことを欠史八代(けっしはちだい)といいます。

そういう意味では、人の歴史として天皇のはじまりは崇神天皇とも言え、実際、崇神天皇を初代天皇とみる書籍などもあります。

(崇神天皇の即位は王朝交代が起きたという説もある。)

このように日本の歴史は、カミと人が親子関係をつなぎながらひとつの家系図のようにつながり不思議なことになってます。

  • 人間の両親はカミ。
  • 本人は実在が確認されているけれど親は神話の人。
  • 神武天皇より前は神代
  • 神武天皇から後は人代
  • 崇神天皇から人の歴史

人の歴史になってもカミは完全にいなくなりません。

第10代 崇神天皇のときは女性(人)がカミと結婚したり、第15代 応神天皇を後継者に指名したのはカミです。

カミは人代で完全には消えず、ゆるやかにフェードアウトして人の歴史に移行します。

(だから歴史学でところどころ否定される。)

世界遺産になった大仙古墳(だいせん)の主、第16第 仁徳天皇も人とカミの混在、カオスど真ん中の時代の人。

この時代は歴史の断定で議論になることが多く、歴史学では大仙古墳の主は別にいるっていうのが有力です。

神話と歴史の切り分けが大変なんでしょう。資料も少ないし。

ツライところは、この辺の歴史を語ると『胡散臭いやつ』になるんですよね? 混ざってる神話を信じる『イタイやつ』と思われて。

(もうほとんど、怪しい新興宗教信者扱い。)

カミサマと人をつなぐところに意味がある

神武天皇は初代天皇だというところに注目されがちです。しかしそこはあまり重要ではありません。大事なところは、

神武天皇は人間だけれど両親はカミ。

神武天皇を境にして、日本の歴史はカミから人の歴史に変わります。神武天皇はカミと人間をつないでいるキーパーソン。

これが重要です。日本人はいまでも、

人は死んだらカミサマ仏様になる

といいますよね? そういう宗教観をもっています。

これを神武天皇が表現しています。あくまで神武天皇は実在の人ではなく神話上の人だということころは忘れてはいけません。

神武天皇はカミサマと人をつないでいる。

かつて森喜朗・元首相が在任中に、

日本は天皇を中心としたのカミの国

と言ってマスコミから袋叩きにあいました。そのあとすぐに支持率が下がって退陣します。

森・元首相はまちがっていません。まちがったのはマスコミ。日本の歴史を知らなかったのは彼らですから。

残念ながら当時、『胡散くさいことをいう時代遅れのオッサン』にされちゃいました。

2021年になっても、女性蔑視発言で世界中から総袋叩きにあってます。

昔からこういうことを言う人なんで余計に信用されない。

神武天皇のお祖父さんは浦島太郎?

神武天皇のお祖父さんは彦火火出見尊(ひこほほでみ の みこと)で、『海幸・山幸』神話の山佐知毘古(やまさちびこ。山幸彦)です。

兄の釣り針を無くしたことをきっかけに、山佐知毘古は海の国(竜宮城?)に行くことになりました。海の国で大歓迎されたため何のためにきたのか忘れるくらい。

そこで結婚もします。相手は海の国の主の娘・豊玉毘売命(とよたまひめ の みこと)。

しかし、海の国に来た目的を思い出し地上へ帰ることになりました。

地上に帰った山佐知毘古は1か月くらい留守にしていると思っていましたが、じっさいは3年の月日が過ぎていました。

...

......?

.........!!

no image person
浦島太郎まんまじゃないか!

『古事記』に書いてあるエピソードです。

神武天皇のお祖母さんは鶴の恩返しの鶴?

ある日、地上にもどった山佐知のところに、海の国で結婚した豊玉毘売命がやってきます。

豊玉毘売
出産が近づいているけれど、天上界のカミの子を海の国で産むわけにはいかない。

ということでした。

ぼく
プロフィール画像
女性は怒ると思うけど、男にはちょっとホラーを感じる...

そこで、日向の国(宮崎)の王になっていた山佐知のもとで出産することになります。

豊玉毘売
ぜったいに産むところは見ないでください。

豊玉毘売は出産しているところを見られたくありませんでした。

山佐知
古墳時代の人
ダメよって言われると見たくなる。えーい、見ちゃえ。
山佐知
古墳時代の人
うぁー!サメだー!

その姿はサメでした。

豊玉毘売
海の国と日向を行き来しようと思っていましたが、できなくなりました。帰ります。もう戻ることはないでしょう。

豊玉毘売は、ショックを受けて帰ってしまいまいます。

海の国へ戻った豊玉毘売は、息子と勝手に子育てを押しつけた山佐知のことを思い、自分の代わりに乳母を派遣しました。妹の玉依毘売命(たまよりひめのみこと)です。

...

......?

.........!!

no image person
『ツルの恩返し』が『サメの恩返し』になっただけじゃないか!

『古事記』に書いてあるエピソードです。

このとき生まれた子どもが神武天皇の父で、派遣された乳母が神武天皇の母です。

神武天皇の父は乳母の叔母さんと結婚しました。

初代 神武天皇 系図
宮内庁HPより抜粋 一部筆者加工

神武天皇は浦島太郎とツルの恩返しのツルの孫。

このエピソードには、地上界と海の世界が和解し統一されたという世界観が入っています。

もちろん、統一のシンボルがその間に生まれた神武天皇の父です。

神武天皇の祖先は有名なカミサマだらけ

山佐知の父、神武天皇のひいお祖父さんは瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)で、天孫降臨神話(てんそんこうりん)の主役です。

天孫降臨は、瓊瓊杵尊がお祖母さんの天照大神(あまてらすおおみかみ)から

地上に降りて地上界を統治しなさい

と命令されて地上に降り立つ話。

そのとき、地上の統治は代々、瓊瓊杵尊の子孫で行うこと、そしてそれを証明するために三種の神器も与えました。

この神話は天皇の正統性を保証しています。

このとき天照大神が贈った言葉を『天壌無窮の神勅』(てんじょうむきゅうのしんちょく)といいます。

神武天皇は天照大神の6代目の子孫です。

富士山の頂上にある浅間神社に祀られているカミは、瓊瓊杵尊の妻の木花之佐久夜毘売命(このはな の さくやひめ の みこと)。

祀られているのが女神だからか、かつては富士山も2合目から上は女人禁制でした。相撲の『土俵に女性は上がれない』と同じです。

このエピソードには、天上界と地上界が和解し統一された世界観が入っています。

神武天皇の前に天上界と地上界が統一され、地上界と海の世界が統一されました。

神武天皇の祖先たちは、それぞれボクシングの主要団体のチャンピオンで統一戦をくり返し、神武天皇は生まれながらにして統一チャンピオンです。

(だから天皇はスゴイ。そう簡単に代われるもんじゃないって言いたいらしい。エピソードの作者は。)

明治23年、初代天皇を祀るため橿原神宮が創建されました。鳥居は柱が直径1メートル、高さ9メートル。圧巻のデカさです。

表参道を抜けた最初の門・南神門(みなみしんもん)は装飾もなく、釘を使わない木材だけ (屋根は銅板) で作った巨大な門があるなど、スケールはデカイのに素材を全面に出した、ちょっと雰囲気のちがう景色です。

神社好きでなくてもオススメのスポット。

ちなみに、表参道を抜けた二の鳥居(にのとりい)の手前には神橋(しんきょう)という小さな橋があります。これは、

人の世界から神の世界に足を踏み入れる境界

と言われ、神武天皇は人の神の世界をつなぐ役割をしていることが分かります。

地神五代と日向三代

ここからはおまけ。神武天皇の祖先たちはグループにまとめられ有名な神社に祀られています。

このグループを地神五代(ちじんごだい)と言います。

皇統神武天皇の
12の母天照大神
(アマテラス)
皇祖神。
女神。
皇統の第1世。
2ひい祖父さんの父天忍穗耳尊
(アメノオシホミミ)
アマテラスと素戔嗚尊(スサノオ)の誓約(うけひ)の勝負で生まれた男神。
アマテラスの子と同時にスサノオの子とも言われる。
3ひい祖父さん瓊瓊杵尊
(ニニギ)
天壌無窮の神勅で地上統治を始めた。
4祖父彦火火出見尊
(ヒコホホデミ)
(山幸彦)
浦島太郎?
5鸕鶿草葺不合尊
(ウガヤフキアエズ)
鶴の恩返し? から生まれた男の子。
地神五代

皇統1世のアマテラスと初代・神武天皇の間の神々のこと。

『地の神』は天上界の神さまが地上界を統治するのに関係している神々だから。

古事記では、アマテラスがニニギの前にアメノオシホミミに地上界の統治を命令している。

アメノオシホミミは、地上界が荒れ狂ってるのにビビって途中で引き返した。

日本書紀では、ニニギとアマテラスを結ぶ系譜上の存在でしかない。

天神地祇(あまつかみくにつかみ)

日本のカミは大きく天界のカミと地上(国土)のカミに分かれる。

天のカミあまつかみ。
てんじん。
天津神。
天神。
天上界で生まれたカミ。
地のカミくにつかみ。
ちぎ。
国津神。
地祇。
地上界で生まれたカミ。

天のカミの代表はアマテラス(天照大神)。地のカミの代表はオオクニヌシ(大国主大神)。

アマテラスは伊勢神宮の内宮、オオクニヌシは出雲大社に祀られている。

オオクニヌシの先祖はスサノオで、アマテラスとスサノオは姉弟。

ふたりはケンカ別れをしているので天津神と国津神は系統がちがう。

この分別は、日本列島に国が作られていく過程と関係が深く、天津神は天皇とそのまわりの氏族、国津神はそれぞれの地域で独立していた豪族をあらわす。

天津神の子孫、初代・神武天皇は、国津神の子孫の豪族たちを味方につけながら、戦争して討伐しながら天下統一を目指し、ヤマト(奈良)に都を作った。

そしてその中で、日向三代(ひむかさんだい / ひゅうがさんだい)というグループもあります。

神武天皇の
1ひい祖父さん瓊瓊杵尊
(ニニギ)
2祖父彦火火出見尊
(ヒコホホデミ)
(山幸彦)
3鸕鶿草葺不合尊
(ウガヤフキアエズ)
日向三代

天壌無窮の神勅で、アマテラスから地上統治をまかされたニニギが最初に降り立った場所が日向国(宮崎)だったから。

ニニギは日向の初代王です。じつは神武天皇は天皇になる前、日向国の4代目王でした。

日向三代は日向国王の系譜のことです。

地神五代の前には、神世七代(かみよ ななよ)という7代の神さまの系譜もあります。

これが日本神話の最初。神世七代は3代目以降は男女のペアの神で合計12柱の神々のこと。

最後の7代目が伊邪那岐命(いざなぎ)と伊邪那岐命(いざなき)の夫婦。

この夫婦の子どもがアマテラスとスサノオ。

高千穂皇神(たかちほすめがみ)

日向三代にはもう一つ、高千穂皇神という呼び方もあります。これは日向三代にそれぞれの嫁さんを足した6柱の神々のこと。

初代・神武天皇の祖先オールスターズです。

日向三代妻はどんな人?
瓊瓊杵尊
(ニニギ)
木花之佐久夜毘売命
(コノハナサクヤヒメ)
水の神。
富士山の山頂の浅間神社に祀られている。

富士山の噴火を抑え込んでいると言われる。
彦火火出見尊
(ヒコホホデミ)
(山幸彦)
豊玉毘売命
(トヨタマヒメ)
ツルの恩返しの元祖?
鸕鶿草葺不合尊
(ウガヤフキアエズ)
玉依毘売命
(タマヨリヒメ)
豊玉の妹。姉の代わりに鸕鶿草葺不合(神武天皇の父)を育てた。
その後、鸕鶿草葺不合と結婚して神武天皇を産む。
高千穂皇神

これらをまとめて祀ってあるのが高千穂神社。縁結びとして有名なのは神武天皇の祖先たちを夫婦そろって祀っているから。

また高千穂神社には、神武天皇の兄とその妻子の10柱(十社大明神(じっしゃだいみょうじん))も祀られています。

なんで神武天皇の兄・三毛入野命(みけぬの みこと)ファミリーを大事にするかというと、高千穂神社は三毛入野が日向三代を祀ったところから始まったと言われるから。

今のかたちの、高千穂皇神と十社大明神を祀った高千穂神社を創建したのは第11代 垂仁天皇と言われます。

高千穂神社は、神武天皇の祖先ファミリー・オールスターズを祀っている。

ファミリー色が強いことから縁結び・子孫繁栄の御利益があることで有名。

高千穂神社はどこにでもある

高千穂神社は宮崎県の高千穂地方にある神社ですが、いまでは日本全国どこにでもあります。

ボクも、地元の一番大きな神社が高千穂神社ということを、何十年もたち、ほぼ帰ることはない今になって初めて知りました。

ちなみにその場所は、高千穂とは縁もゆかりもない田舎 of 田舎です。

意外と馴染みのある神社が高千穂神社の可能性もあります。

全国に散らばった高千穂神社は、ほかの神さまを足してることもあります。

アマテラスやスサノオが入っていることも。

おまけ。保食神社

もうひとつおまけ。田舎に行けば保食神社という神社がたくさんあります。規模も小さな祠のようなものから、それなりの鳥居があるものまでさまざま。

一般的には『ほしょくじんじゃ』と呼ばれますが、本当の呼び方は『うけもちじんじゃ』。

アマテラスが、弟 or 妹(性別不明)のツキヨミ葦原中津国(あしはらなかつくに)にいる保食神(うけもち の かみ。女神)を見てくるように言いました。

ツキヨミがそこに行ったら保食神が、

陸に向いて米を吐き出し。

海を向いて魚を吐き出し。

山を向いて獣を吐き出し。

これらを宴会のごちそうとして振る舞ったとのこと。

ツキヨミは『ゲロったものを食わせるんじゃねー!』と怒って斬り殺しました。保食は、食物の神さまで最大級のもてなしをしただけなのに。

この神話から、保食神を祀った保食神社は『食べ物に困らないように五穀豊穣を願う』神社として全国に広まります。

人の願いはまず餓死しないことが一番に来るので広まりやすかったのでしょう。

葦原中津国は、天上界と黄泉の国(あの世)の間にある世界。

保食神社は宮司・神主がいないことが多い。これは全国共通。

田舎出身の人は、地元の一番身近な小さな神社や祠が保食神社かもしれない。

伊勢神宮の外宮と同じ可能性あり

この保食神は、伊勢神宮の外宮に祀られている、豊受大神(とようけ の おおかみ)と同一視されていることも多いです。

豊受は、アマテラスが食事に困ったらダメだからと、丹波(大坂)から伊勢神宮に移された食物の神さま(女神)。

『ウケ』は『食物』という意味がある古代の日本語らしい。

ボクが生まれたところの近所の祠も保食神社で、説明の碑に豊受大神を祀ってあると書いてありました。

(『な~んだ。わざわざ伊勢神宮に行かなくても良いじゃん』と少し思った。)

20数年ぶりに故郷に行くことがあり、近所の保食神社がスケールアップしてて初めて知った。

(昔はホラー映画に出るような鳥居もない小さな祠だった。)

ちなみに、地元の一番でかい神社が高千穂神社だと知ったのもこのとき。

観光に力を入れているのか、小綺麗にしてちゃんとしたものを知らせるようにしたらしい。

昔はホラーを匂わす、何の変哲もない近所の神社で、名前すら分からないものだったのに。

伊勢神宮の外宮を造ったのは第21代 雄略天皇

天皇のまわりの皇子たちを皆殺しした、歴代天皇の中でも大悪王として有名。

昼と夜の世界に分かれる

保食神を殺してしまったツキヨミに、アマテラスはブチ切れて『二度と顔を見せんじゃねー』と絶縁を宣言しました。

これが、1日が昼と夜に別れたという神話。

ツキヨミは漢字で書くと『月読尊(月夜見尊)』。

アマテラスは太陽神で昼の世界を表し、ツキヨミは月の神さまで夜の世界を表します。

保食神の神話は日本書紀での話で、古事記には出てきません。

(豊受大神は両方で出てくる。)

太陽が隠れないと月は出ない、月が隠れないと太陽は出ないので、今でも二人は絶縁状態。

長~い兄弟げんかの真っ最中。太陽系の形態がひっくり返らないかぎり仲直りはありません。

宇宙レベルのケンカ。

初代 神武天皇 東征神話でヘタレを露呈する
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天皇・皇室の本

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『天皇について基本的なことを知りたい』『過去の天皇の人物像を知りたい』という人におすすめの本を選びました。

内容がかんたんで頭に入りやすく、でも内容が薄いわけではありません。むしろ濃いくらいです。

日本人なら知っていてほしい天皇・皇室の基礎知識だけでなく、外国の人に説明できるくらいの知識が身につきます。

文章が苦手な人にはマンガ本もあります。

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