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鎌倉幕府成立は1192年に戻したほうが良い理由。いまや少数派になっちゃった話。

鎌倉大仏

ご覧のページは 3 / 8 です。先頭ページはこちら。

そもそも幕府とは?

話は変わって、『幕府』はいつどこから生まれた言葉なのか? それを見てみましょう。

幕府という呼び方は、鎌倉、室町、江戸時代にはありません。幕府という言葉が一般的に広まったのは明治に入ってから。

(江戸時代の中ごろあたりから一部で使われ始めたらしい。)

もともと幕府は中国の言葉で、皇帝に派遣された武将が戦地で陣をはる宿営地のこと。

その武将は、戦地を安定化させるため臨時行政府を作ることが許され、皇帝から行政権を与えられていました。

これを知っていた歴史学者が、日本の鎌倉、室町、江戸の武家政権の統治システムが似てると思って『幕府』と呼んだのがはじまりです。

鎌倉時代は『鎌倉』『関東』と地名で呼ばれていました。室町時代からは『公方』(くぼう)と呼ばれるようになります。

を張ったところに作った役所(行政) = 幕府

陣幕: 陣地に張る幕。

(今思いついた覚え方。合っているかは不明。)

中国の『幕府』と日本の武家政権のなにが似ていたのか?

幕府という言葉を使いはじめた学者たちは何が似ていると思ったのでしょうか?ポイントはたったふたつです。

皇帝が派遣した将軍に与えた権利は、

  • 行政の執行権。
  • それを行使できる人は将軍。(軍の正統な統括権をもつ)

これを日本に当てはめて、

  • 皇帝 -> 天皇
  • 将軍 -> 征夷大将軍。武家の棟梁。

が似てると思ったのでしょう。幕府の定義はこれだけです。

鎌倉幕府成立年を1192年に戻さなければいけない理由

源頼朝、朝廷の代表者・後白河法皇の足跡、幕府の定義をかんたんに見てきました。

今の歴史の教科書でおかしいところは、天皇(上皇・法皇)の存在を小さくしているところです。

幕府の定義に天皇は欠かせません。天皇に認められなければ、どれだけ武力をもってもただの私設軍隊だから。

このとき、私設軍隊を国家の軍隊に認めることができたのは後白河法皇です。法皇の存在を無視して語っています。これを見直すと、鎌倉幕府成立は1192年以外あり得ません。もう少し見ていきましょう。

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