古代・中世…平安・鎌倉… 時代区分が誰でもわかるまとめ

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日本の歴史では、時代区分のタイプがいくつかあります。

  • 先史、古代、中世、近世、近代、現代
  • 飛鳥・奈良、平安、鎌倉、室町、安土桃山、江戸、明治・大正・昭和・平成

それから、土器や稲作の始まり、文化などの区分もあります。

これが結局よく分からないことになっているので、誰でもかんたんに分かる対応表・早見表をつくりました。

なんで何種類も区分があるのか?

まず、歴史は資料の積み重ねです。文書の記録があって初めて歴史になります。

だから、日本の歴史は飛鳥・奈良時代から始まります。

だれ?
no image person

縄文とか弥生とかあるよね?

たしかに、飛鳥時代の前にいくつかありますね?

  • 旧石器時代
  • 縄文時代
  • 弥生時代
  • 古墳時代

があります。でも、飛鳥時代より前は歴史というより考古学です。

歴史では資料がないので、考古学から時代を持ってきました。

当時の日本には、文字で記録することがなかったので、歴史を作れませんでした。その足りない部分を考古学で補ったわけです。

歴史の時代は、政治の中心地が時代の名前になっていますが、その前は石器・土器・遺跡が名前になっています。

どれも考古学で発掘されるものばかりですね?これからも性格がちょっと違うことがわかります。

だれ?
no image person

古代とか中世とか、別の区分があるのはなぜ?

古代・中世…という区分は、もともとヨーロッパの歴史の時代区分です。

  • 先史
  • 古代
  • 中世
  • 近世
  • 近代
  • (現代)

があります。日本がヨーロッパと深い交流を始めた明治に、ヨーロッパの歴史とリンクさせるため日本の歴史に導入しました。

でもこのリンクは、無理やりやった感があるので、区分の境は真面目に考えると混乱してしまいます。だから、学校で習う日本史でも教えないはずです。

時代区分の境は適当に見るのが1番良い

さっき『時代区分の境は真面目に見ないほうがいい』と言いましたが、これは、時代区分全体に当てはまります。

歴史は前の出来事のつながりでできているので、境をつくることは良くないと、根強く指摘されます。

だから、この境は研究者の間でもいろいろです。

歴史を最初から現在まで、ぶっ通しで見るのはきついので、その間の休憩ポイントだと思えばいいです。

疲れるところは人それぞれなので、休憩する場所も同じでなくて良いです。歴史の流れを覚えやすい自分のポイントを見つけるのも歴史の楽しみの1つです。

時代区分対応表・早見表

時代区分の対応表です。個人的に思う部分はあとでコメントを追加します。

歴史学考古学欧とのリンク年代
 旧石器先史BC28,000年頃〜
 縄文BC13,000年頃〜
 弥生BC300年頃〜
 古墳250年頃〜
古代
飛鳥 592〜
奈良 710〜
平安 794〜
中世
鎌倉 1,192〜
室町 1,336〜
(戦国) 1,467〜
安土桃山 近世1,568〜
江戸 1,603〜
明治 近代1,868〜
大正 1,912〜
昭和 1,926〜
現代
平成 1,989〜
古代の始まりは、専門家の間でも意見が割れています。飛鳥時代から古代が始まるという意見が一番多いでしょう。
天皇の生没年がハッキリしているのが、推古天皇からなのかもしれません。推古天皇の時代は、聖徳太子が摂政を務めたことでも有名です。
でも、先史(せんし)は、文字の記録がない時代のことを言います。日本では、古墳時代の木簡が発見されていて、そこに文字の記録があります。
このことから、ここでは古墳時代の途中から古代の始まりとしました。
中世の始まりは、鎌倉時代からというのが一般的です。
もともとの中世の特長に、封建制度の始まりがあるからでしょう。日本の封建制度の始まりは鎌倉時代からと言われるからです。
でも、本当に日本の封建制度は鎌倉時代からでしょうか?
平家政権と鎌倉幕府の違いは、リーダーの役職くらいです。平家政権は、封建制度としても問題ないと思います。
また、平安時代の中期には、すでに中央集権的なものは崩れていて、荘園公領制も始まっていました。この時点で封建制度の形が出ていたともとれます。
このことから、ここでは平安時代の途中を中世の始まりとしています。
(奈良時代と平安時代は、同じ区分にするには、あまりに政治システム・文化・生活様式が違うということもあります。)
中央集権国家(ちゅうおうしゅうけんこっか)

権力が、都など中心になる場所に集まった国家。

日本は東京に権力が集中しているのでこれに当てはまる。


律令(りつりょう)

律(りつ。刑法)と令(りょう。民法、行政法)からなる憲法みたいなもの。

7世紀の当時、世界の先進国の1つだった中国から伝わる。

日本は世界の先進国の仲間入りを目指して導入し始めていた。

律令で統治された国家を律令国家、その政治システムを律令制という。


荘園(しょうえん)

743年に私有地を持てる法律ができたことから始まる、上皇・貴族・寺社勢力・豪族の私有地のこと。

農園と言われることがあるが、鉄の生産など工業も行われた。

室町時代くらいから、武士などの地方の有力者に奪われて失われていく。

豊臣秀吉の太閤検地などの土地制度改革で、私有地はいったん国に返すことになったので消滅する。


封建制度(ほうけんせいど)

君主が、諸侯(実力者)に土地の所有権を渡して、諸侯が民を統治する政治システム。

君主⬅➡諸侯⬅➡民の間に主従関係があるのが特長。

だれ?
no image person

中央集権の律令制が崩れて、荘園が発達すると、なんで封建制度と言えるの?

封建制度の特長は、トップリーダーの直接支配ではなく、リーダーに領地支配を許された人が支配する間接支配です。

中央集権(直接支配)が崩れて、荘園をもつ貴族・寺社勢力が力をもち始めるので、封建制度に見えなくもないです。

武士の時代になると、完全に権力が武士に委ねられているので、封建制度と言えます。

ヨーロッパと日本の時代区分の対応

だれ?
no image person

やっぱり、ヨーロッパから持ってきた時代区分はややこしいな。

おそらく、このハッキリしていないところが歴史嫌いの原因を作っているのかもしれません。本当は、ヨーロッパと日本の歴史を対応づけることはできません。それぞれ歴史の歩み方が違うからです。

でも、明治の日本人は、その中から共通点を探し出して対応付けました。

その共通点と対応付けを、かんたんにまとめました。これを見て、それぞれ自分なりの時代の境を探すのも面白いです。

 ヨーロッパ日本
先史文字の記録がない時代。
ヨーロッパ独自の文明は出ていない。
古墳時代の途中まで。
文字の記録がないので考古学に頼るしかない。
古代ギリシャの都市国家、ローマ帝国の時代。
ヨーロッパ独自の政治システム・生活様式・文化文明が作られた。
平安時代の途中まで。
日本という国家が制定され、日本独自の文化(国風文化)が生まれる。
中世ローマ帝国の西半分(西ローマ帝国)の滅亡から、ゲルマン人の侵攻による暗黒時代、東ローマ帝国滅亡、国王が国を統治する制度(絶対王政)が確立するまで。律令制の中央集権体制がくずれた平安時代の途中から、豊臣秀吉が天下を統一するまで。
中央集権の律令制度が崩れ、天皇に政治権力を委ねられた貴族・武士の時代。
近世ルネサンス(古典復興)が起きてから、産業革命の前まで。安土桃山時代から明治維新が起きる前まで。
近代産業革命から、第一次対戦が終わるまで。
現在は、1989年のソ連崩壊による共産勢力の衰退までが主流になってきている。
明治維新から大東亜戦争の敗戦(1945年)まで。
現代第一次大戦後、または東西冷戦後。『戦後』と言われる今。
中世の終わりまではうまいこと対応付けされています。
でも、近世からあとは無理矢理が過ぎます。日本にはルネサンスにあたる変動はありません。
後醍醐天皇の『建武の新政』をあてはめる人もいますが、あれは一瞬の出来事で、文化・芸術になんの影響も与えていません。
近代・現代になると全く違います。日本では、第一次対戦はそこまで強い印象はありません。東西冷戦の集結もそうです。
日本では、大東亜戦争の敗戦が1番インパクトがあります。

今は、日本の歴史で『古代、中世…』という言い方はしないようになっています。『もともと違うのだから無理やり対応付ける必要はないのでは?』と言われているからです。

学校の日本史の教科書でもほとんど見ないはずです。

今は、『古代、中世…』という区分を使うときは、ヨーロッパの歴史のことを言っているのが一般的です。

2022年から高校の『世界史』『日本史』がなくなり、『歴史総合』という、前のふたつを合わせた教科に変わります。

  • 歴史を学んだのに、世界の人々と歴史を語れない
  • 日本の歴史を世界の人々に語れない
  • 世界が日本に与えた歴史の影響、日本が世界に与えた歴史の影響が分からない

からです。これはこれで良いことなのですが、『古代・中世…』の対応付けが復活して、これを中心にしないか心配です。
これをしてしまうと、ヨーロッパと日本の歴史は『似て非なるものなり』なので、わけが分からなくなって歴史嫌いが増えるもしれません。

 

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