第22代 清寧天皇 ほんとうにいたのか?白髪の天皇

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清寧天皇 陵墓

歴代天皇 - 存在は確認されるが本当のことは分からない天皇たち -

清寧天皇(せいねい)は生まれつき白髪で、妻をもたず子どももいませんでした。

ビジュアル的には、いちばんカッコいい天皇に思えますが、個人的には実在があやしいと思っています。

先史・古代 古墳時代

  • 皇居
  • 磐余甕栗宮
    (いわれのみかくりのみや)

  • 生没年
  • 444年 ~ 484年1月16日
    允恭天皇33 ~ 清寧天皇5年
    ? 才
  • 在位
  • 480年1月15日 ~ 484年1月16日
    清寧天皇元年 ~ 清寧天皇5年
    5? 年
  • 名前
  • 白髪武広国推稚日本根子尊
    (しらか の たけひろくにおし わかやまと ねこ の みこと)
  • 葛城韓媛
    (かずらき の からひめ)

    葛城円の娘
    (かずらき の つぶら)

  • 皇后
  • なし

唯一の皇位継承者

先代で父の雄略天皇は、ライバルの皇子たちをみな殺しにしたので、後継者の候補は息子・白髪武広国推稚日本根子尊(しらか の たけひろくにおし わかやまと ねこ の みこと)のひとりだけでした。

第22代 清寧天皇 系図
宮内庁HPより抜粋 一部筆者加工

でも、清寧天皇には雄略天皇の第3皇子でふたりの兄がいます。星川稚宮皇子(ほしかわ の わかみや の みこ)と磐城皇子(いわき の みこ)です。

このふたりは皇位継承の資格はありませんでした。少なくとも父親の雄略天皇はそう考えていたようです。

皇太子は武広国推だったので。

妻のランクは息子に影響する

ふたりの兄が皇位継承から外れていた理由は2つあります。

ひとつは母親のランクです。雄略天皇には、おもに3人の妻がいました。

名前人物像子ども
草香幡梭姫皇女
(くさか の はたひひめ の ひめみこ)
第16代 仁徳天皇の娘。
雄略天皇の叔母。
なし
葛城韓媛
(かずらき の からひめ)
葛城氏の娘白髪武広国推稚日本根子尊
吉備稚媛
(きび の わかひめ)
吉備氏の娘。
雄略天皇より前に同じ吉備氏の夫がいた。
星川稚宮皇子。
磐城皇子。
前夫とのあいだにふたりの男子。

ダントツトップは皇后の幡梭姫皇女です。当時は、皇后は皇族から出すのがあたり前でした。

その次が、広国推の母・韓媛です。葛城氏は豪族ですが天皇の子孫です。これまで皇后を出したこともありました。

仁徳天皇の皇后など)

そしていちばん下のランクが稚媛です。吉備氏は吉備(岡山)地方の大豪族ですが、天皇の子孫ではありません。

(吉備氏はずっとヤマト王権を支えてきた)

雄略天皇と吉備氏は対立していたので、和解のための政略結婚でしょう。

稚媛には皇子でない息子がふたりいる

もうひとつは、稚媛は雄略天皇と結婚する前、同じ吉備氏の男と結婚してふたりの男子がいたことです。

星川稚宮と磐城皇子は皇族ですが、さらにその上の兄は皇族でなく吉備氏の一族でした。

将来天皇になると、争いの元になると考えたのでしょう。おそらくこれがいちばんの原因です。

(和解したとはいえ、もとは敵同士だったので。)

兄・星川稚宮皇子のクーデター

弟が皇太子になったことに不満をもった人がいます。吉備稚媛と星川稚宮皇子です。

雄略天皇が亡くなると、稚媛は星川稚宮に大蔵(財務省)を占拠させました。

そこで大連大伴室屋(おおとも の むろや)は兵を送り、稚媛と星川稚宮を焼き殺します。

(やっぱりヤマト王権は吉備氏を恨んでいた?)

大連(おおむらじ)と大臣(おおおみ)

大連は、古代のヤマト王権の最高の役職。連(むらじ)の姓をもらった氏族の実力者が代々つとめた。大伴氏(おおとも)や物部氏(もののべ)。

大臣も古代のヤマト王権の最高の役職。臣(おみ)の姓をもらった氏族の実力者が代々つとめた。葛城氏(かつらぎ)や蘇我氏(そが)など。

大臣は、300年4代の天皇に仕えたとされる伝説の臣下、武内宿禰(たけしうちのすくね)の子孫たちが多い。

大連は、ヤマト王権では軍事・警察を担当。

よく、大臣はもともとヤマトと同格の氏族でヤマトの協力者、大連は昔からヤマトに仕えた臣下といわれるが、武内宿禰が伝説の臣下なのであてはまらない。

ちなみに、大臣は妃を出せるが大連は出せない理由も、もともと同格の大臣からは出せて臣下からは格が違うから出せないと説明される。

しかしこれは、武内宿禰は第8代 孝元天皇の子孫だとされるので、由緒ある家柄だから嫁に出せたという理由の方が説明がつく。大伴・物部氏の祖先は天皇ではない。

連も臣も氏姓制度で設けられた姓。

いまでも政治の最高実力者は総理大臣、外務大臣など大臣(だいじん)というが、ここに由来があるのかどうかは分からない。

(個人的にはあるような気がする。)

そして皇太子が即位しました。清寧天皇です。

磐城皇子はどうなったか分かりません。

もともと存在感がなく、星川稚宮がクーデーターを起こそうとしたとき、『そんなことはできない』と言ったというところでしか登場しません。

殺されたのか、逃げたのか...。そもそも存在しない人なのかも?

吉備氏の没落

このクーデターに吉備氏も参戦しています。吉備(岡山)から40隻の船団を送り出しました。

クーデターが失敗して吉備氏は領地を没収されます。これで大豪族の吉備氏は没落しました。

生まれつき白髪。ほんとうか?

清寧天皇は5世紀後半に活躍したと考えられています。生まれつき白髪で、ビジュアルで『なにかスゴイものをもっている』と思われたようです。

名前に出ています。

白髪武広国推稚日本根子尊

白髪見たまま。
武広国推名前の部分。
幼いという意味。
少年少女。
日本根子『やまと』がつくのは壮大な名前。
初代・神武天皇にもついていた。
天皇になる皇子につく。
『様』の最上級。

たいした業績はないのに、名前だけは一級品です。このへんが不思議なんですよね?

在位期間も5年で短いし。(その年数すら怪しい)

ほんとうにいたのか怪しいから名前でごまかそうとしていると思うのはボクだけでしょうか?

妻も子どももいない。皇統はどうなる?

清寧天皇は、父・雄略天皇が皇子たちを根こそぎ殺したのにもかかわらず、妻をもちませんでした。子どももいません。

『皇統が自分の代で終わってもいい。』と思っていたんじゃないかと疑いたくなります。

救世主現る

ある日、父・雄略天皇が殺した第17代 履中天皇の皇子・磐坂市辺押磐皇子(いわさか の いちのべ の おしは の みこ)の息子ふたりが都をはなれて生きていることが分かります。

清寧天皇は、『ちょうどいい。後継者ができた』と都に呼びよせました。

億計王(おけ の みこ。のちの仁賢天皇)と、弘計王(をけ の みこ。のちの顕宗天皇)です。

これまた適当ですね?この二人の皇子は、父が殺されて自分たちも危ないと身をかくしていました。

避難先では、身分すらかくしてそこの豪族に仕えています。見つかったとき、ただの下人だったんですね。

それをかんたんに皇子に復帰させるとか、適当すぎます。『自称・皇子』だったらどうするのでしょうか?

この時点で、男系継承は途切れてるんじゃないか?と疑います。

古事記では、清寧天皇はだれも後継者をつくることなく亡くなります。

臣下たちが困って、履中天皇の娘、飯豊女王に政務を任せました。そのあと、ふたりの皇子が生き残っているウワサを聞きつけ、急遽、都に呼びます。

男系男子継承は重要でない?

ボクはひとつの仮説を立てています。

男系継承は大事じゃなかった?

男帝にもこだわっていなかった?

です。さっき、天皇の妻にはランクがあると言いました。

1皇族
2天皇の血筋をもつ臣下(豪族)
3天皇の血筋をもたない臣下
4その他、天皇のお気に入りの娘。

古墳時代は皇后は皇族があたりまえなので、その血筋があればいいじゃないか?と思っていたように感じます。

そして、男がいなかったら女でもいいじゃないか?と思っていたとも感じます。

じっさい、次の第23代 顕宗天皇が即位するまで、天皇がいない空白期間がありました。そのあいだ、代わりをつとめたのが飯豊女王(いいどよ の ひめみこ)です。

顕宗天皇は、飯豊が亡くなってから即位しました。古事記では天皇のあつかいで、日本書紀も否定していません。

飯豊天皇と呼ばれる)

ボクはある理由で天皇にできなかったと考えています。

ほんとうにいたのだろうか?

清寧天皇は、皇后をもたず、妻をもたず、子どももなく、そして生まれた日も死んだ日もはっきりしません。

年齢すら不詳です。

(最初のプロフィールはそういわれている日)

おまけに白髪ときたら、『この人はゲームのキャラクターでしょうか?』と言いたくなるくらいナゾの男です。

(熱狂的な女性のファンがつきそう)

ただ、ないないづくしが嫌だったのか、白髪部舎人(しらかべ の とねり)や白髪部膳夫(しらかべ の かしわで)などの役人を諸国に置いています。

(舎人は警備員。膳夫は料理人。)

仕事は大したことはないし、すでにありそうなので、自分の名前がついた役職をつくりたかったのでしょう。名を残すために。

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天皇・皇室の本
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天皇の本10選

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