『源氏は有名な武士』。これで覚えると、源氏が何者なのか? どこから来たのか? まったく分かりません。
また、天皇の子孫だというのを知っていても、なんで武士として有名になったのか分かりません。
その答えは『平氏と同じ』。だけど規模はケタ違いにでかい。
続きを読む『源氏は有名な武士』。これで覚えると、源氏が何者なのか? どこから来たのか? まったく分かりません。
また、天皇の子孫だというのを知っていても、なんで武士として有名になったのか分かりません。
その答えは『平氏と同じ』。だけど規模はケタ違いにでかい。
続きを読む越前守、伊勢守、上野介...。戦国大名や江戸時代の武士たちが名乗ったこの名前は、本当は名前ではなく役職です。地方統治の長官・次官の名前。だからそれぞれの国名が入ります。
そして同じ長官でも、国によって朝廷の位階(等級)に差がありました。越前守と駿河守では越前のほうがワンランク上というように。
続きを読む武士の代表格といえばなんといっても源氏でしょう。そのスタートを切ったのが鎌倉幕府を開いた源頼朝(みなもと の よりとも)。
しかし頼朝より前に、源氏(細かくいうと河内源氏)はメジャーの武士になっていました。ただ頼朝が登場したときはどん底 of どん底。
どうしていったん登りつめた河内源氏は落ちるとこまで落ちたんだろう?
続きを読む文武両方に優れた才能を発揮した後鳥羽天皇(ごとば)。
しかし、鎌倉幕府の有力御家人に承久の乱で敗れ、島流しの刑を食らうという、歴代天皇の中でも例のない前代未聞の屈辱を味わいます。
この後も院政はつづきますが形式的で、積極的に政治を取り仕切る意味での院政は、後鳥羽上皇が最後です。
続きを読む平家待望の即位だった安徳天皇(あんとく)。しかし、流れは平家からはなれていました。時流に乗れなくて悲しい結末を迎えた天皇です。
歴代天皇の中で、権力闘争が原因で自殺した最後のケース。
『平家の、平家による、平家のための天皇』だったので、平家の衰退に大きく左右されました。本人が意思表示をできないうちに命を落とします。
続きを読む後白河天皇(ごしらかわ)は、平清盛、源頼朝のふたりを手玉に取った稀代の大政治家です。武家を利用しながら、利用されながら30年以上トップでありつづけました。
皇族同士、武士との権力闘争に明け暮れて、敵のいないことがありませんでした。歴代天皇の中でも激動の政治の中心にいた人です。
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